平成29年11月6日 町長
おはようございます。
先週の金曜日、東京に行ってきました。
芽室町が取り組んでいる、「誰もが当たり前に働いて生きていけるまち」このまちづくりを発信してきました。
このイベントは関係する4つの課の職員が出席をし、会場作りなど、色々な仕事を担って、出席された200名のみなさんに、対応しました。
今年の2月の末に28年度の事業として、第1回の取り組みを行いましたが、内閣府のまち・ひと・しごと創生事業の、主要事業として、町が取り組んだところであります。
今回も、働く若者達が出席をしまして、いもの皮むきなど、色々な実演をしたあと、座談会がありました。
座談会に出た内の2人は、現在九神ファームで利用者として働いている若者です。
また、以前は利用者として働き、現在は支援者にまわり、会社の中枢として働く若者が1人登壇しました。
もう1人は、私どもの町で働いています総務課の職員で、一般就労に移行した若者であり、さらにもう1人は、今はまだ九神ファームにいる女性職員ですが、11月16日付で国民宿舎「新嵐山荘」職員に内定している若者であります。
この5人は個性豊かで、それぞれ今まで苦労してきた事、あるいは仕事をして成長したと思う事、何が大きく自分の中で変わったのかなど質問をどんどん受け、素晴らしい回答をしていました。
中で、ちょうど真ん中に座っていた九神ファームの中枢を担う職員が、こんなことを言っていました。
この人は中学高校とも登校出来なく、引きこもっていました。
障害手帳を持っているのですが、九神ファームで働いていくうちに、人が変わったように頑張るようになりました。
なぜ変わったのか?この子は自分の障害手帳の更新期に、「僕はこれを返します。」と言って返したんです。
「返した理由はなんですか。」と司会の方に聞かれましたら、
「自分はこれを持っていると、自分に甘えてしまう。今まで嫌な事から逃げていた自分がいた。だけど、嫌な事の中にも、楽しい事がたくさんある。だから自分はこれを返しました。」と言いました。
この若者は今、九神ファームのリーダー的な存在となって、頑張っていますけれども、彼らと話をしていると、非常に教えられる事が多いということを、改めて感じてきました。
無事セミナーが終わり、私達町の職員も帰路につきました。この町は誰でもあたりまえに働いて、生活が出来るのだという事をこれからも発信していきたいと思っていますし、第2の芽室をめざすという三重県の東員町、長野県の飯山市と本町で協議会を作り、何とかこの仕事を全国に広げたい、そんな思いを繋いでいこうと思っております。
以上紹介をさせていただきました。
終わります。
平成29年10月30日 副町長
おはようございます。
昨日芽室で、生活環境推進委員会の主催によりますクリーンアクションめむろが開催され、天気が悪かったわけでありますが、事務局である住民生活課の職員、あるいは他の職員の方も出て、町民と共にごみ拾いが行われました。
また昨日、フードバレーとかちマラソン大会がありましたが、職員の中にも走った方がいて、今日足がちょっと痛いと思いますけど、今週も頑張っていただきたいと思います。
いよいよ秋も終わりが近づきまして、今アメリカではワールドシリーズ、日本では日本シリーズが行われています。
元野球選手の野村克也という方がおります。
昔南海ホークスに所属し、初の三冠王にもなりました。
その方が書かれた、「負けを生かす極意」という本の中で、書かれていることを紹介したいと思います。
基本的には、野球というのは非常に失敗の多いスポーツであります。
少なくても、6割は失敗する。
打者で4割打った方はいませんので、間違いなく6割位は失敗、エラーもするし、失投もする。
例え偶然にも見えても、あるいは不運のように見えても、つきつめれば負けを招いた理由が発見できるという言い方をしています。
運が悪かったということで片づけてしまうと、同じような轍を踏むということも言っています。
そこで野村監督は、監督の時に1日3試合ということを課したそうです。
1試合目というのは、予測をする。
試合前に本番の試合の様に、必ずシミュレーションをするということです。
相手の投手を攻略、あるいは、いかに抑えるか、そういうことを頭でシミュレーションして、実際に試合をする。
そして試合が終わってから、もう一度スコアを見て9回を全部見直す。
その中で、どういったところが間違いの原因だったのか必ず見直したといいます。
この作業をすることできちんと変化に気づくそうで、次に戦った時に、相手が変わってくるか、それとも変わらないのか、それによってこちらの作戦も変わってくるので、この変化を見る目が非常に大切なポイントだといっています。
野村監督は、一般の会社組織でも同じようなことがいえるのではないだろうか。
何か仕事でトラブルが発生した時に、なぜそこに至ったかということ、原因をきちんと発見することが必要だと言っています。
そして、戦国時代の武将である武田信玄は、こんな名言を残しています。
「一生懸命だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。いい加減だと言い訳が出る。」
愚痴や言い訳が多いということは、物事に真剣に取り組んでいないことの証であり、覚悟を決めて物事に取り組めば、最終的には成就するという意味だということであります。
何か仕事でも、やり方ですとか間違った時、もう一度振返ってみて、次の仕事に役立てていただければということで、紹介をさせていただきました。
平成29年10月23日 町長
おはようございます。
昨日の投票そして、夜の開票、それぞれの事務に従事していただきました職員のみなさんに感謝を申し上げたいと思います。
選挙の事務というのは、緊張感の高い仕事でありますが、普段と異なる仕事を通して、ステップアップできるものが存在する、それが選挙事務であると考え、そこから学んでほしいと思います。
加えまして、今日は台風の予報によると、この後警報が出るかもしれない状況であります。
気象庁と連絡を取りながら、この後どんな推移をたどるのか、その情報は把握していますが、積雪が30センチという予報もあり、現場を持つ建設都市整備課、農林課、あるいは水道課はもちろん、災害を担当する総務課、総務課は選挙に続いてですが、場合によっては待機もあると思いますので、よろしくお願いします。
また保育所、教育の現場につきましては、子どもの安全のため自ら判断し自ら決定する状況判断を的確にそして迅速にしていただきたいと、お願いしておきます。
この後全体庁議で、今現在の台風情報を交換しますが、各課でもそれぞれ現場情報がありましたら、総務課にも連絡をしてほしいとお願い申し上げて、今日の挨拶にかえさせていただきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
平成29年10月16日 町長
おはようございます。
「土曜会」の運動会を土曜日に、開催しました。
私も出場予定でしたが、後期高齢者に近い私がその気になって頑張っちゃいけないと思って、出るのは控えました。
運動会を見ていて、本当に素晴らしいムードだなと大変嬉しく思いました。
開会式で言いましたが、会場の前で20年前に役場を退職した人と出会いまして、「今日は何をやるの」と聞かれた時に、「運動会だ」と言いましたら、「いや懐かしいね」と言われたんです。
昔職場で運動会をやっていました。その頃は若い職員の方がたくさんいましたから活力があったということです。
その後、職員採用を10年位控えたことがあり、10年前に採用された人が、10年経ってもお前が一番若手といわれる時代がずっとありました。
そうすると役場の中で伝承されていくべく文化が失われたり、色々な問題がおき、運動会もなくなっていきました。
今回再生された運動会は、実行委員長であった阿部君、そして副委員長であった堀川さん、始め若い職員が大変な頑張りを見せました。
私は懇親会の後、レストラン嵐山の社員と話をしたのですが、お食事、優勝チームにはステーキが当たった副賞などの配慮を、何回も電話でしていたそうです。
今の若い人達が持っているきめ細やかさが、しっかりと集積された運動会になったと思っています。
また日頃、体育会系だと思っていた人が意外とそうでなかったり、文化系だと思っていた人が、典型的な体育会系であったり、仕事で見せている顔と別の顔を見せてくれていることが、新発見となり職場のコミュニティや活力に繋がっていくことが、本当に嬉しく思います。
実行委員として頑張っていただいた16名のみなさんに、感謝申し上げたいと思います。
そして懇親会の終わりには、広報の矢野係長が作ったVTRの結びに、「笑顔いっぱいの職場でありたい」そういう言葉が書いてありました。
あの言葉の意味合いをみんなで感じながら、土曜日の運動会が今日からの仕事に繋がる、そんな職場であってほしいということを、心からお願い申し上げましてお礼をかねた土曜日の感想にさせていただきます。
ありがとうございます。
平成29年10月2日 副町長
おはようございます。
今日は10月2日ということで、年度の半年が過ぎたわけですが、
4月1日に入った職員につきましては、
9月30日までは条件付き採用ということでございます。
職員の皆さんは必ずこの6カ月を通ってきているわけでありますが、この6カ月間の勤務成績がよければ、正式採用となるわけです。
皆さんは職員になるとき、必ず教養試験と採用選考を受けて入ってきています。
筆記試験と短時間の採用選考の中で十分その人の持っている能力が公務員という職種で本当に対応できるのだろうか、
ということを見極めた半年間でありました。
晴れて今日から、正式採用になったわけですが、
初心を忘れないでこれからも仕事に励んでもらいと思います。
また、2年目以上の職員ももう一度振り返ってみて、
今やっている自分の仕事は果して本当に正職に至るべき能力を発揮しているのかどうかを十分考えていただきたいと思います。
職員については間違いなく能力はあるわけですから、
これからもその能力を発揮していただきたいと思います。
10月は実行計画の時期ですが、これからの3年間の町政推進に関する計画を、各課係内で個人の能力を発揮し、煮詰めていってもらいたいと思います。
おわります。
平成29年9月25日 町長
おはようございます。
昨日は、2つの大きなイベントがありました。
1つは、日本ゲートボール連合の公認大会で最もレベルが高いといわれる、全日本選手権大会が芽室町を会場に行われました。
通常であれば、町村での開会はありえない訳ですが、ゲートボールが生まれて今年で70年であり、それを記念し、発祥の地である芽室町で開催できました。
お手伝いに出た職員がおりまして、いつもの事ですけれども、芽室の町というのは、ゲートボールに対して非常に理解があるという認識を、日本ゲートボール連合の専務理事も強く持ってくださいました。
特に若いみなさんが得点板のお手伝いをしていたわけですが、行動が極めて迅速で、ゲートボールを知っているように見えると言っていました。
それだけ習熟度が高いということでありまして、私どもの職員が高く評価されたと、大変嬉しく思います。
加えて、ゲートボールといいますと、お年寄りのスポーツというイメージでありますが、これは厚生労働省がお年寄りを中心に普及したことから、定着したイメージです。
しかし、創始者は青少年に何かおもしろい遊びはないかなということで考案した訳であります。
そういう意味では、大会の優勝したチームは、最高年齢者が30代、あとの人は20代で、段違いの強さを発揮し優勝しました。
北海道チームも決勝リーグにあがりましたが、そのチームに敗れてしまいました。
通常ゲートボールでは、「ここへ打て」「何やっているんだ」という声が出ますけれど、一切声が飛び交わない、シーンとした緊張感の中ピリピリとした雰囲気で、淡々と試合が進んでいく。
私は今までとは異質なものを見たような感じがいたしました。
そういう意味では、我慢くらべでチャンスを待ち、チャンスとなったら、一気に点数を取る、そんな試合が数多くあり、非常に興味をそそられました。
若いみなさんは是非ゲートボールに関する認識を、変えていただきたいとお願いしておきます。
もう1点、昨日は芽室町の防災訓練で初めて、洪水を対象として行いました。
芽室川流域のハザードマップで、浸水地域のみなさんを対象に、各関係課が出動し、144名の避難者が勤労青少年ホームに避難しました。
私が見ていて感じたことは、どうしても訓練というイメージが私達にも、避難してこられる方にもあります。
でも訓練を重ねていく中で、身につけていくものは大変貴重であります。
訓練の中で職員を見ていますと、昨年避難をしてきたみなさんと、どう対応したかという体験を胸に、対応している職員は素晴らしいと思います。
体験からくる臨場感を持っていないと、訓練のための訓練です。
これこそもっともっと学習しなければならない課題であるということも感じました。
訓練を重ねていくことによって、非日常的なことが、日常的に転換していくということがあります。これからも災害は、人の命の対応になりますから、職員全員が昨日の訓練を教訓としてください。更に出動したみなさんには、お礼を申し上げて今日の一言にかえさせていただきます。
平成29年9月4日 町長
おはようございます。
9月1日は防災の日で、芽室町は9月を防災月間とし、防災に関する諸々の訓練を導入しています。
日曜日は、芽室町全町挙げて避難訓練を行いました。
その時の想定は地震災害でありました。
私は避難場所を何箇所か回ってきて、昨年のあの未曾有の大災害を経験したせいか、集まってくださる町民のみなさんにも参加意思の高まりや、参加後の充実感があったような気がします。
それは、今までと違ってなぜ避難をしなければいけないのかを、多くの皆さんが認識されたからではないでしょうか。
災害基本法はみなさんがご存じのとおり、自分の命は自分で守るという基本理念で制定されたものであります。
その観点に立ちますと、参加する職員も町民のみなさんに負けずに、その理念を理解した対応が必要と思います。
それぞれの避難箇所に、町の職員が配置されております。
その時、色々な疑問を呈する町民のみなさんにどう対応するのか。
私の担当ではないという顔をして立っている人は、全くいないはずです。
町の職員で、しかも、お揃いのユニホームを着ているわけですから、当然疑問をぶつけられるわけであります。
課長や係長がいるわけでもない、でも、判断しなければいけない、その時にあなたはどう判断するか。
その時に大切になるのは、災害基本法などに書かれていた基本理念です。
その理念に基づき、自信を持って判断していく。
その為には、日ごろから自らも訓練する認識を持ちながら、防災訓練に対応するのはとても大切なことです。
今年の6月6日に、東京で水害サミットがあって、初めて出席してきました。
実はその時に教えられたことがあります。
町民住民は逃げないものである、ということを念頭において私達は災害対策をしなければいけない、こういう言葉であります。
どういう意味かといいますと、人には「正常化の偏見」という心理が働くようであります。
人間というのは、迫りくる危険に対し、少しでも過小評価をしようとして心の平穏を保つ心境が働く。
ですから、俺はまだ大丈夫だ、我が家はまだ大丈夫だ、そんな保証はないのですが、そういう心境が働くようであります。
そういう皆さんを対象にして、自治体職員としてどう対応し、どう説得するか。
このことをよく考えながら、行うのが実は防災対策なんです。
私はここに残るという方も、たくさんいらっしゃるわけです。
昨年の災害の時もそういう方がいて、消防士も実際に大変苦労していました。
みなさんもそうです。
1日の北海道新聞のコラムにも、「正常性バイアス」という心理学用語を使い、同じような内容が書いてありました。
逃げない人達にどう対応するかというのが、私達の大きなひとつの課題になっているということを、もう一度みなさんと考えながら、災害の対応力をしっかりと高めていただきたいとお願いして、終わりたいと思います。
平成29年8月28日 町長
おはようございます。
今、勤続20年目を迎えたみなさんの姿を見ており、自分が20年のときのことを思い起こしておりました。私はその時に先輩にこう言われました。
「10年経ったら中堅職員、だから私はまだわかりませんという言葉は、役所の中では通用しない。20年経ったらベテラン職員と言われ、後輩のこともしっかり指導しなければいけない。ベテラン職員であることに、自信と誇りを持って歩むこと」という言葉でした。
みなさんのこれからの活躍を期待したいと思います。
もう1点、今日この会場に日に焼けた職員がたくさんいらっしゃいますが、金曜日から始まり土日で発祥の地杯全国ゲートボール大会が行われました。
今年で第30回、30年を迎える記念すべき大会でありました。
加えてゲートボールは、昭和22年1947年にこの町で誕生いたしましたので、生誕70周年でありました。
この双方を記念したからこそ、ゲートボールを愛好する三遊亭円楽師匠がきてくださり、「チーム円楽」が大会にも参加したのであります。
また、たくさんの参加者が毎年のことですが、大会の運営に加わる若手職員の姿を見て、「まさかあのお姉ちゃんお兄ちゃん達は、ゲートボールを知っているわけではないよね」とおっしゃっていました。
「ええ、知らないんですよ」と言いましたら、「朝、説明していたのは知っているけれど、あの説明だけでまさかこんなにしっかりと大会を運営しているわけではないでしょう」ということも言われました。
この町には先輩が後輩に引き継いでいる、ゲートボール大会を支援するという文化が、定着していると私はそう思っています。
ですから若い新人職員であるにもかかわらず、非常に素晴らしい活躍をしていたということが、多くのみなさんから感嘆の声で迎えられておりました。
そのことをみなさんにお伝えしながら、お礼を申し上げ朝の一言にかえさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。
平成29年8月7日 町長
おはようございます。
安田総務課長を中心に4人の職員が九州の災害現場に行っています。
土曜日に到着しましたが、天気予報をご覧になってわかるように、非常に厳しく、大変危険な状況でもあります。
今朝も情報交換をし、今日の午後から朝倉市の避難所の方に手伝いに入る予定と聞いております。
本町から行った4人は、市町村からあれこれやって下さいという指示に従うのではなくて、本町が被災した経験値を生かして、避難所に行ってどういう仕事ができるかを自ら判断し、主体的な活動をさせていただく予定になっています。
今日の朝の天気予報では、風雨もやんでいるようでありますから、予定通り行動していただきたい、安全に頑張っていただきたいと改めて感じたところであります。
今日はみなさんよくご存じだと思いますが、「不可能という字は我が辞書になし」と豪語したのはナポレオンです。
このナポレオンが戦いでどんどん勝っていた時に、報告が伝令から次々寄せられてきます。
夜中に起こされ、どこどこで勝ちましたという報告を受け、「勝った報告はいちいちしなくてもいい、不利な報告をなぜしないか。」と怒った話は有名です。
それからその不利な状況がどんどん集中してきて、幾度か報告を聞いているうちに、また烈火のごとく怒ったそうです。
「負けた負けたと言って、いったい何を俺にしろと言うのだ。
そのことを、よく考えろ。いったい俺はひとりで何ができると思っているんだ。」と、切り返しました。
そして「各将校達はその時どう対処したのか、それからどんな手を撃ったのか、その措置対策をもって判断を仰ぎにこい。」と突き返したと言います。
振返ってみると我々の仕事の報告も同じで、いつも仕事をしていてうまくいくことばかりではありません。
その時に上司あるいは私に、いつ、どんな報告をするかがとても大事なことだと思います。
成功することばかりでなく失敗することもたくさんある、目標が達成できなかったこともある、その時にどんな方法で報告するのかを、課の中で考えるべきです。
つまり当事者である担当部局が、その事にどう責任を感じ善後策を練っていくのか、ここが大切な政策形成の原点です。
おそらくみなさん方も、そこにこそ一番頭を悩ませていると思います。
それを実現するためには、自分がどれだけ主体性をもって仕事をするか。
前任者の引継を受けてただそれを繰り返していくのではなくて、自分が担当になったひとりの芽室町職員として、どう責任を発揮していくかをしっかり考えるべきです。
先週からサマーヒアリングを実施しています。
サマーヒアリングを長い間やっていると、みなさん方が自分達主管課の仕事をしっかりと責任をもって課内論議をし、提案してきているということがよくわかります。
ただそうでない課もあり、課の温度差が今でもあります。
これからは、目の前に第5期総合計画の本格的な論議が控えていますから、長期的な観点にたって課の中の政策をどう発揮していくかを考え、仕事にあたっていくべきと申し上げ、今日の一言にかえさせていただきます。
終わります。
平成29年7月10日 町長
おはようございます。
今日は、朝みなさんが半袖で別館から歩いている姿を見て、
暑さ対策をしっかりしてほしいと思いました。
私達の体というのは、冬になると血管が縮小して体内の温度を逃がさないように働くそうですが、夏になると、その逆になっていきます。
ところが近年エアコンがあるので、その部屋に入ったり外へ出たりしている間に、体内の調整機能がどんどん迷いを生じてきます。
微妙なずれが生じていくところに、非常に難しさがでてくるということがあります。
私のように歳をとってくると、新陳代謝も鈍くなってきますから、スーツを着ていてもそんなに汗をかかないはずです。
自分の体温、あるいは自分の仕事に合わせた行動、それに対した暑さ対策をどうするかは、自分ひとりひとりが考えていくべきです。
水分・塩分の補給などを含め、特に外に出る人達は、暑さ対策を念頭においてほしいとお願いします。
このような暑い天候が続いたのは、あまり記憶にありません。
これだけ30度を超える温度が続きますと、ひとりひとりに暑さ対策を十分意識していただきたく、お願いして今日の一言にします。
終わります。
平成29年7月3日 町長
おはようございます。
今日は条例・規則の改正についてお話します。
私達の仕事は、法令に基づいて町が条例を制定しています。
その条例を運営するとき、細かい事まで全てを逐一条例で定めているわけではなくて、町長に対する委任事項にしている事があります。
例えばこの条例に定めるもの以外に、何々については町長に委任するというものであり、それが規則・規定・要綱になっています。
つまり条例は議会の議決を得ますけれども、規則・規定・要領・要綱は、町長が責任者で定めるものであります。
ですから法令に反しない限り、条例・規則・規定などについては、必要に応じ改定するべきものでもあります。
時代の変化と共に社会は変わっていきますが、その変化の中で私達は、条例や規則を点検して変えていかなければならない時があります。
それを怠ると、時代の変化や現実と離れてしまった条例規則になってしまう事があります。
それを考えますと、規則に決まっているからそれは駄目ですという回答を、町民のみなさんにしていいのでしょうかという課題が出てきます。
もし時代が変わって町民のみなさんのおっしゃる事が正しく、しかも現実に合うとなったら、当然それは点検し、改正、改訂しなければならないものです。
今日の新聞のトップニュースに東京都の選挙結果と、あわせて29連勝した藤井四段が30連勝に至らなかった記事がでていました。
藤井棋士は中学生の14歳で、つい先月までランドセルを背負って歩いていたとは思えないような方です。
その方が29連勝をおさめる中で、羽生善治名人を破っています。
羽生名人は天才少年・天才棋士と言われた方で、若い頃永世棋聖といわれた米長邦雄棋聖を破りました。
この米長邦雄さんが負けた後、経団連の講演会に出席して、「年配棋士は得意の戦型が忘れられない。それを用いて勝った記憶が忘れられない。もうその戦型が通用しなくなっているのに気が付かないのだ。」と言いました。
私がこの言葉をみていつも思っているのが、私達が条例や規則をたてに、ここに決まっているから駄目という事と、戦型を忘れられないという反省の弁を述べている米長棋聖の言葉が、何となくオーバーラップする気がして仕方がないです。
今回藤井四段が負けた事を改めて新聞で読んで思い起こしましたので、お話ししました。
終わります。
平成29年6月5日 町長
おはようございます。
5月28日に芽室消防団の消防演習が行われました。
第1分団、第2分団のみなさんがそれぞれ参加したわけですが、現在消防団の団員というのは78名、定数が85名で若干少なくなっていますが充足率は90%です。
今日は消防団の事をみなさんにご理解いただきたいと思います。
ご存じのとおり消防団というのは、普段は自分達の本業を持っていて、その傍ら消火訓練、あるいは応急処置の対応など厳しい訓練を重ねながら、日々技能習得にあたっているところであります。
その他に消防団の規律・礼式などを学び、組織活動としてのルールを身に着けるための訓練に努めています。
そして防火活動の啓発活動に努めていることは、みなさんもご存じのとおりであります。
火災が発生しますと、団長の指揮のもと全員が消化活動、あるいは人命救助・応急手当にあたるわけで大変厳しい仕事です。
消防団は日本独特の組織で、江戸時代は火消と言われておりました。
一頃役場の庁舎にも掲げてありましたが、纏という消防団あるいは消防署活動の「名誉なシンボライズ」がありますが、あれも江戸時代の火消の名残であります。
また半被もそうですが、それらを活動のシンボルにしながら、頑張っているところであります。
ただ昨年のような、災害対策基本法の適用を受けるような災害の場合には、団長が町長の指揮を受け、そしてその指揮に基づいて団員を指揮する。
そのことによって、住民のみなさんの避難誘導にあたると法律の中でも定められているところであります。
さて、その消防団でありますが、平成に入りここ数年、女性団員が非常に増えています。
芽室町は12名の女性団員がいて、つい先日も勤続表彰を受けた方もいらっしゃいますし、分列行進も男性と一緒になって頑張っている姿が見られます。
女性は特に火災予防や応急手当、あるいは地域交流などの他に、最近では一人暮らしのお年寄りの支えになっているという、大きな役割を発揮しています。
そこでみなさんにも、更にわかってもらいたいことがあります。
消防団の団員というのは、地方公務員法ならびに消防組織法では、市町村の非常勤の特別職の公務員となっています。
ですから全国の公務員の中でも、消防団員という特別職の数は一番多いのです。
その団員というのは、市町村長が承認をして、団長が任命するということになっていますが、市町村長はどうやって承認していくのかは、応募制であったり、人々の推薦であったりとなります。
芽室町では、概ね消防団が推薦する形をとっております。
消防団員というのは、他の公務を兼ねることもできると定められています。ですから議員をしている消防団員の方もいます。
つまり、私達地方公務員も消防団員になれるということです。
但し条件がありまして、営利企業の従事制限の許可を貰わなければいけない、あるいは職務に専念する義務の免除をしてもらわなくてはならないということになります。
この2つが出来れば、これは充分対応可能なわけであります。
これから消防団員の数が減っていくといわれる中で、是非みなさんにも理解しておいていただきたい部分だと思います。
ある自治体では、消防団員が非常に少ないものですから、新採用職員に採用試験の時に、面接でひとりひとりに言質をとり、消防団員に入りませんかと協力要請していくことをやっています。
そして一般の消防団のことを地方分団といい、地方分団とは別に職員で役場分団を作ります。
日中、地方分団のみなさんは別の仕事をしていますので、不在の方もいます。
その時に役場分団の人が、日中の消化活動の主力になるというやり方をしているところもあります。
私どもの町では、まだ消防団の団員がそこまで不足ということにはなっていませんが、これから厳しい状況になる可能性もあります。
自分も消防団のことに対して興味があるという方がいらっしゃいましたら、女性団員のことも含めまして、総務課に問い合わせてみてください。
そんなことも念頭に置いてほしいとお願いしまして、今日の一言にかえたいと思います。
終わります。
平成29年5月22日 町長
おはようございます。
今年の土曜会の総会に出席して、感じることがたくさんありました。
私が今の立場になる時に、役場の職員がバラバラだ。なんとかお前に力を出してほしいと言われたことがありました。
その頃私が土曜会総会の懇親会に出席したとき、センターのテーブルに町長・助役がふたりだけでおりまして、誰もそばにいかない雰囲気でありました。
また若い方々は、自分達でお酒を飲んでテーブルの料理をパッと食べてサッと帰ってしまいます。
ですから最後の万歳になると、ほとんど人がいないというような状況でもありました。
10年かかりましたけれど、昨年今年と見てますと、非常に職員間のあるいは、職域間の障壁がなくなったという感じがします。
心の中では町長・副町長のところにいくのは、面倒だと思いながら来ている方もいると思いますが、非常に良い職場になってきたと私は自負しています。
今日は私がよく紹介する出来る人の仕事の仕方、リチャードテンプラーという方が書いた本があり、その中の一説を紹介したいと思います。
私達はよく職場の中で、あるいは人と人との繋がりや組織の中で、自分達と管理職、自分達と監督職、自分達と経営者、こういう人達を分類して、私達と彼らという言葉を使うことがあります。
そういうことが、職場の雰囲気を非常に悪くした時代もありました。
でも実はこの事というのは、あなたがひょっとして次の係長かもしれない、あなたがひょっとして次の課長補佐かもしれない、課長かもしれない。
そしてあなたは近い将来、理事者になるあるいは経営者になるかもしれないという現実を考えると、決して正しいとは言えない。
ですから私と彼らという対立抗争ではなく、この彼らといっている人達の立場からみた時にどうなのか、そういう視点も自分の中に育てていくというのは、とても大切なことだとリチャードテンプラーは指摘しています。
このリチャードテンプラーという方は、その中で自分が何を心掛けたら、そういう観点に立って物を見られるようになるか、極めて単純なことを四つ言っているので紹介します。
一つ、いつも全力を尽くす事。
簡単な仕事も、大切な仕事の時も、全力を尽くす。
二つ、限界だと感じたところに、更に力を出そうと一度チャレンジする事。
疲れていても、腹が立っても、辞めてしまいたくなっても、そこからもう一回努力してみる事。
三つ、決して愚痴を言わず、いつも明るく、前向きに抜かりなく、自分の有利になる事を探す事。
四つ、自分には巨大な力がある事を知り、優しさ・自制心・思いやりを持ってその力を行使する事。
人を踏みつけにせず、誰の事も冷酷に扱ったりしない。
この四つのルールをしっかりと知って、正しい考え方を貫けば、人は後ろめたいところは一切なく、必ず成功するものだと言っています。
何のことないすごく簡単な事で、当たり前の事をルールとして扱っている事、それがとても大切だと改めて教えられるような気がしました。
今日はそれを紹介して終わりたいと思います。
平成29年5月15日 町長
おはようございます。
土日にある本を読んでおりましたら、「仕事が辛くてしかたがありません。どうすれば楽しくなるのでしょうか。」
という若手公務員の問いに対して、人事院公務員研修所の嶋直人主任教授が、次のように書いていましたので紹介したいと思います。
仕事が楽しいというのは、自分次第ということからはじまっています。
私は公務員は大きくふたつに分かれると思っています。
ひとつは、自分の仕事の中に楽しみを見つけ、いきいきと働いている人。
ふたつは、自分の仕事は楽しくないと不満をもち、早く異動したいと思っている人。
前者がエリートコースで、後者が日の当たらない非エリートコースかというとそうではない。
私はどのポストについているかということと、その人が仕事に楽しみを見つけているかということは、無関係だと思っています。
これはこの世の中に、最初から楽しくて仕方がないという仕事も、最初から辛いだけの仕事も、無いということを意味しています。
つまり楽しいかどうかは、自分の感情の問題であり、極めて主観的なことだからです。
また自分と仕事の相性もあります。
更に自分は、自分の好きな事を知っているつもりでありますが、自分の好きな事は常に変わります。
自分が今まで経験したこともない仕事は、自分が好きかどうか知るよしもありません。
つまり好きかどうか、楽しいかどうかは、実際にやってみてその瞬間に感じた結果にすぎないということです。
結局仕事を楽しいと感じるか、辛いと感じるかは、人それぞれだと思います。
だから長い公務員生活を充実したものにする秘訣は、まず自分の仕事をしっかり受け止め、自分の中に楽しみを見つけることです。
仕事をこなすと考えれば、仕事は作業になります。
そうでなく、仕事をつくるイメージです。
どうせやるなら、仕事は楽しくやる。
仕事が最初から楽しいのではなく、楽しくやると仕事は楽しくなるのです。
最後に、3点整理しています。
1つ、仕事は楽しくやろう。
2つ、仕事の楽しさは実際にやってみなければ感じられないことです。
3つ、客観的に楽しい仕事があるのではなく、自分が楽しめば仕事は楽しくなるのです。
こういって結んでいます。
非常に意味の深い言葉なので、今日は紹介させていただきました。
終わります。
平成29年5月8日 町長
おはようございます。
昨年もゴールデンウイークの後、この朝礼の席上5月病の話をしたと思います。
今日も5月病のお話をしたいと思います。
たまたま昨日テレビのニュースを見ておりましたら、ゴールデンウイーク中遊びに行き帰ってきた方に、マスコミがインタビューをしていました。
「明日からいかがですか?」という質問に対し「地獄の日々がやってくると思います。」あるいは、「心を入れ替えてしっかりと対応したいと思います。」など色々なコメントがありましたが、これは毎年の事ですからそれをどう捉えていくかは、ひとりひとりそれぞれ異なると思います。
ある雑誌に、新潟県の青陵大学大学院の教授で社会心理学の碓井真史先生が、5月病の上手なかかり方、あるいは脱出法というレポートがありましたので紹介します。
まずは5月病の語源ですが、もともとは大学の新入生にみられた無気力の状態を表す言葉でありました。
昭和43年〜45年位で、このころの受験生というのは受験戦争といわれた時代であり、大変厳しい環境を乗り越えて入学をしてくる。
そしてその後、受験戦争が厳しかったがゆえに、燃え尽きてしまい燃え尽きシンドロームという言葉があるように、目標を見失ってゴールデンウイークが明けた頃に、無気力感がいっぱいの学生が多くなる傾向をさして、5月病といっておりました。
ところが現代、学生にみられた傾向は受験戦争がなくなりましたから下火になってきたわけですが、今また言われるその背景には、受験にかわって就職が若者の人生の難関になってきているということがあります。
就活これが大変厳しく、就活を勝ち抜き就職した若者が就活から続く4月の緊張感、この緊張感に疲れて燃え尽き5月病になる、これが現在の5月病といわれています。
新入社員が無気力状態になるとすれば大きな社会問題です。
つまり新しく入ってきて頑張ってもらわなきゃならない人達が、無気力状態になっているのは、放置しておけないという指摘があります。
かつては本人にやる気や意欲があってもなくても、決められた仕事はすべきと考えられていましたが、今はそう考えない若者が多くなっている。
石の上にも3年という格言があるが、これは単純に年寄の説教言葉になってしまっている。
そこで5月病の症状をもう一回振返ってまいりますと、抗鬱状態、不安、焦り、イライラ、無気力、不眠、食欲不振などがあります。
しかし5月病は頑張った新人のみなさんの一過性の無気力状態ですから、これら症状が現れ心の落ち込みが起きても、一時的なものと考えていいと思います。
頑張れば人は誰でも心も体も疲れます。
頑張りと緊張の後には、気が抜けたような状態になることは当然です、ということをこの先生はおっしゃっています。
5月病との上手な付き合い方ということで、連休明けの今、元気が出ない人は心と体が疲れているのかもしれません。
疲れると無気力になり物事を暗く深刻に考えがちです。
まず心や体の疲れをとりましょう。
体の疲れをとれば、当然心の疲れもとれるという相関関係にあります。
そして深刻な悩みも意外と軽くなります。
少し疲れたから休憩し、またリフレッシュして再スタートする、そんな気持ちになることが大切です。
最後に、人はストレスの状況下で頑張りすぎると疲れて落ち込むことは当然です。
ですから職場の違う友達と話したり、新しい職場で仲間になった同僚などに気軽に相談をしてみましょう。
話すことで孤独感が和らぎ、新しい意欲も湧いてきます。
人生は山あり谷ありです。
あなたの人生は始まったばかりです。
迷い悩み苦しむこともあなたの成長なのです、そう思いましょうという言葉で結ばれておりました。
新人のみなさんばかりでなく、非常に興味深いと思い今日は紹介させていただきました。
終わります。