新春あいさつ(平成31年1月号) 芽室町長 手島 旭
 新年あけましておめでとうございます。
芽室町民の皆様におかれましては、輝きと希望にあふれる新春を晴れやかにお迎えのことと思います。

 私は、昨年7月に町長就任後、初めての新年を迎えました。本年は、開町120年の記念すべき年にあたり、これまで本町を築きあげてくださった先人や諸先輩方のご苦労と、そのご功績に心から感謝申し上げます。
 町政を取り巻く課題は時代とともに変わり、突発的な災害なども含めて幅広く、数多くなっておりますが、自らの持てる力をすべて発揮し、本町が「ずっと輝くまち」となるよう、強い決意をもってまちづくりを進めてまいります。

 さて、昨年を振り返りますと、基幹産業である農業は、主要作物の収穫ごとに一喜一憂する時期もありましたが、畜産部門の比較的安定的な収入確保も含めて、総体的には平年を上回る総生産額となりました。本町農業の底力を改めて強く感じるとともに、生産者及び関係者各位のご尽力に感謝申し上げます。今後も農業を基盤としつつ、商工業、商店街、進出いただいている企業など、産業全体の継続的な発展に向けて、政策としてできることを考え、実行してまいります。

 人口減少問題は全国的な課題となり、本町においても例外ではありません。ただ私はまず、今住んでいる町民の方が郷土愛を持ちながら活き活きと暮らすことが重要と考えており、そのための子育て支援、防災対策、保健・医療、福祉環境の充実、高齢者のいきがい対策、そして、未来に向けたスポーツ、文化を通じての人づくりに力をいれてまいりたいと考えております。
 また、観光分野も含めた魅力あるまちづくりが実現すれば「行ってみたい」、「住んでみたい」まちとして移住、定住につながっていくと考えています。そのための、本町の情報発信にも今まで以上に力を入れてまいります。

 私は、まちづくりに対する本年の想いを一文字で表わすと「決」としたいと思っています。本年4月から8年後の将来像を定めた第5期総合計画がスタートし、私自身初の予算編成と執行、そして政策や方向性を具体的に「形にしていく」年になると思います。揺るがぬ「決意」をもって「決断」していかなければならず、まちづくりの課題への対策や方向性を「決定」していく年にしてまいります。
 町長就任以来、信念として言い続けてきた「対話、信頼、行動」をキーワードに、「みんなで創りみんなでつなぐ、輝き続けるまち、めむろ」実現のための第一歩をしっかり踏み出したいと思います。本年が町民の皆様にとって幸多き一年でありますことを心からご祈念申し上げ、年頭のごあいさつといたします。
友好都市交流(平成30年12月号) 芽室町長 手島 旭

本町開拓の歴史も踏まえ、平成18年5月に友好都市提携を結んだ岐阜県揖斐川町では、市民マラソンランキングで全国10位以内に入るほど有名で一万人のランナーが参加する「いびがわマラソン」が開催され、11月10日〜12日の日程で訪問させていただきました。
 入賞者への賞品として芽室町産農産物を表彰式で贈呈、オープニングセレモニーでの芽室町PR、そして、芽室岐阜県人会の皆様を中心とした農産物の販売では早々に売り切れるものが続出するなど、岐阜県周辺の方々に大変喜ばれており、この大会においては「芽室町」が浸透している…と感じました。
 揖斐川町とのこれまでの交流は、過去に役場職員の派遣受け入れ、現在も続く小学生同士の教育交流、JAめむろとJAいびがわ(組合の範囲は揖斐川町、大野町、池田町)との物産交流などを進めてきており、同じ揖斐郡に位置し、災害協定を結ばせていただいている、大野町、池田町も訪問し、今後の連携や協力体制、JAなどを通じた物産交流の拡大についても協議することができました。
 JAいびがわの農産物直売所に芽室町産の農産物や加工品が並んでいるのを見てとてもうれしい気分になりましたし、本町の「発祥の地杯ゲートボール大会」での揖斐川町特産物の賞品提供や「めむろ収穫感謝祭」での物産販売も好評でお互いの交流が進んでいます。
 こういった地域間交流は、まちづくり、教育、産業などお互いのいい部分を参考にすることや、交流人口とまちのPRという面からも意義のあることだと思っています。
 今後もそれぞれの町が有益と考える「ヒト・モノ・カネ」の交流を検討し、交流の拡大と町民の皆さんにとっても有益なものとなるよう、「うみとやまの交流 広尾町」「アメリカ トレーシー市との友好都市提携」も含めて考えていきたいと思います。

町民栄誉賞(平成30年11月号) 芽室町長 手島 旭

去る10月31日、本年8月に中国南京市で行われた「第24回世界バドミントン選手権大会」女子ダブルスで優勝を果たした本町出身の永原和可那さんに、町民栄誉賞を授与いたしました。この賞を授与するのは当時の大関大乃国関以来33年ぶり2人目となります。永原選手は、同じく北海道出身の松本麻佑選手とともに、あきらめず、粘り強い戦いでこの種目では日本勢41年ぶりの金メダルという快挙をなしとげました。
 先日永原選手のお父様とお話しましたら「(優勝は)たまたまです」とおっしゃっていましたが、たまたまで世界の頂点には立てません。ご本人は地道にかつものすごく努力されたと思いますし、ご両親、ご家族のサポートも大変だったと思います。そしてもうひとつは、小さいころからの少年団や部活動をはじめとした地域の競技環境、指導体制、高校で全国レベルでの練習環境、現在の職場のサポートなど、本当に多くの方々が支援、応援してくれた結果と思います。今回の金メダルはみんなで獲得した金メダルと言えるのではないでしょうか。
 永原選手も周囲の応援のおかげということを理解されていて、この成績を残す前から帰省した際に芽室の子どもたちを指導してくれていたと伺っていますし、今後も地域への恩返しを口にしてくれています。
 本当に素晴らしい考え方と行動で、少し競技生活が落ち着いたらまたぜひ指導に来てほしいと思っています。
 今はどうしても今後の「東京オリンピック」出場への期待が大きくなると思いますが、結果ばかりを気にせず、ケガなく、悔いのないようチャレンジしていただければ幸いです。
 今後も各分野において世界に羽ばたく芽室町民の栄誉を讃えるとともに、目標を持ってがんばる皆さんを応援していきたいと思います。

災害対応と反省、そして備え(平成30年10月号) 芽室町長 手島 旭

9月6日午前3時7分、北海道では史上最大となる震度7を記録した「北海道胆振東部地震」。この地震で亡くなられた皆様に心からお悔やみを申し上げるとともに、ケガをされた皆様や、住宅や店舗、会社など建物の損壊、液状化現象で住むところをなくした皆様、財産を失った皆様にお見舞いを申し上げます。
 芽室町では震度4を記録したものの、人命にかかわるような被害はありませんでした。ただ、北海道全体を襲った停電「ブラックアウト」は、病院や介護施設、酪農家や運送業、倉庫業、商店の皆さんなど幅広い分野で大きな影響や被害を及ぼしました。幸いなことに「水道」については維持できましたが、「電気」というライフラインが途切れた時の現代生活の脆弱さと、そのありがたさを痛感した方は多いのではないかと思います。災害への対応は役場として精一杯努力しましたが、反省点も多々ありますし、「もし、水が出なかったら?」「真冬にこんな状況になったら?」「停電が長引いたら?」と考えると、今一度「準備と対応」をしっかり考え、反省に立った具体的な対策を実行しなければならないと考えています。ただ、役場がすべての問題を解決できるわけではありません。「自助・共助・公助」と言われるように今回の災害を教訓に町民の皆様にも、自ら行う「災害への備え」や隣近所などとの「助け合う心」を持って、災害に対応していただければと思います。なお、「災害への備え」については、「準備しておくもの」(広報誌12ページ記載)をぜひ参考にしてください。また、誤った噂(情報)に惑わされず冷静に行動するため、正確な情報を配信する「めむろ安心メール」(広報誌8ページ記載)への登録をお勧めいたします。

対話のスタート(平成30年9月号) 芽室町長 手島 旭

町長就任から2か月近くが経過しました。関係機関へのごあいさつ、ご来庁された方々の対応、イベント、会議、打合せ、出張など多忙な業務の中で、町長という責任と町民のために何ができるか?と考える毎日は、緊張と不安、やりがいと充実感が交錯する、人生の中で経験したことのない日々となっています。
 そんな日々の中、「まず、自分にできることから…」と思い、始めたのが「職員との対話」です。スケジュールの空き時間に町長室で(出向く場合もありますが…)若手職員から順番に面談しています。
 職員とのコミュニケーションは基本です。他愛のない話を15分程度するだけですが、それでもその人の人間性や性格、印象が心に残ってとてもいい機会だと思っていますし、私の性格を感じてもらい、考え方を話せる機会としても貴重な時間となっています。
 職員全員との面談は相当の時間を要すると思っていますが、例え1年くらいかけてでも公務スケジュールを調整して達成したいと思います。
 ただ、職員だけではなく、まちづくりを進めるうえで最も大切なのは町民の皆さんとの対話だと思います。これから各種団体・組織を中心にお声掛けをしたいと思っていますが、「町長と話したい」「課題を伝えたい」「こんな要望をしたい」動機やきっかけはどんなことでも構いません。5人程度お集まりいただければ、対話に伺いますのでぜひご連絡ください。

所信表明(平成30年8月号) 芽室町長 手島 旭

地方を取り巻く環境は少子高齢化や人口減少、先行きの見えない経済、郷土の誇りを持つ意識が薄れてしまうような時代背景となり、芽室町においても大変厳しい状況にあります。
 私はこの町への誇りと自信と愛着をもった人間として、町が抱える課題解決に挑戦し、町民の皆さんの笑顔が輝き続ける芽室町を創っていきます。
 「対話し、信頼し、行動するチーム芽室」の考えのもと、行政が、議会が、生産者が、企業が、団体が、そして住民の皆さんがそれぞれの立場を尊重し対話を重ね信頼感をもって、未来の芽室のために行動します。
 「今だけ、金だけ、自分だけ」という自分本位の考えではなく、人のために行動できる町にしなければこれからの厳しい時代を乗り越え、活き活きと暮らし続けることはできないと考えます。
 自ら汗を流して体験しなければ物事の本質や人の心を理解することができない流汗(りゅうかん)悟(ご)道(どう)という考え方のもと、「対話・信頼・行動」によって、『輝き続ける町 めむろ』を皆さんと一緒に創り上げます。
 町民のみなさまのご理解、ご指導、ご協力をよろしくお願いします。

退任のごあいさつ(平成30年7月号) 芽室町長 宮西 義憲

3期12年。今日まで多くの皆さんに支えられ歩んできました。
 退任の決意をご理解いただくまで、いろいろありましたが、今「長い間ご苦労さん」と声かけいただけることを、素直にうれしく思っています。
 12年前、心の準備を整える暇もなく町長に就任、以来「協働のまちづくり」をキーワードにあらゆる人、地域社会、企業、組織団体などとの情報交換を基本としました。もちろん施策には多様な意見があり、100lの賛同はありえず、厳しい意見交換もまた懐かしい思いです。
 今日、行政を取りまく最大の課題は少子高齢化で、私の12年間にとっても最大の課題でありました。
高齢化社会のなかで、本町の発展振興に汗したご高齢の皆さんが、この町で楽しく元気に生活をしていただくため、今、総合的包括ケアシステムの確立が進んでおります。
 一方、少子化のなか、本町は子育てがしやすいように、子育てママと子どもに寄り添った施策を重点化、さらに少しの支援で就労能力を発揮できる子どもたちの就労システムを確立し、全国的評価を得たが、働く彼らの自信・誇り・輝く笑顔、そして今年新たに開所した保育所の園児たちの明るい笑顔は、この町の宝でもあります。
 本町の基幹産業は農業です。そして農業生産物を原料とした食料品製造業から、卸・小売業へ経済が循環し、さらに関連する建設業、運輸・通信業が本町の経済活動を活性化する構造は、内閣府の「芽室町における地域経済分析」からも明らかです。その地域経済振興を念頭に全国各地を奔走したことが思い起こされ、本町経済の安定感には逞しさを感じました。
 また全ての施策は、3年間の行財政を見越して毎年検証してきたが、「そよ風トーク」などで受けた住民意見をもって、協働につなげたことは心強かったです。   
 2年前の台風10号は、本町にも未曽有の大災害となり、被害を受けられた皆さんの生命を守り、生活を安定させることに全力を挙げました。多くの厳しい批判の声を受けながらも、汚泥処理、畑、道路、橋梁そして堤防などの復旧に全力を挙げて夢中で走り、国や北海道など多くの機関から助けられましたが、この厳しい災害を乗り越え、今年秋には、全ての災害復旧が完遂することが待ち遠しいものです。
 災害の経験から「自分の命は自分で守る」ことを学びました。今そのための訓練も強化し、町民皆さんの理解が高まっていることは素晴らしいことです。
 最近、町民の方から「長い間ご苦労さんでした。これからは自分の好きなことをやると良いよ」と、優しく言われることをたまらなくうれしく感じています。
多くの人に支えられた歩みは、私にとって幸せな12年間であり、今、爽やかな気持ちで一杯です。
 この町の発展と、皆さんのご健勝をお祈り申し上げ退任のあいさつとします。

町民の安全をまもるおもい(平成30年6月号) 芽室町長 宮西 義憲

5月27日、好天のもと芽室消防団消防演習が開催され、熊谷団長以下67人の団員が、日頃の訓練成果を発揮した。
 本町の消防団は、公設消防組に始まり105年を経た歴史と伝統に支えられた組織である。今日までの時代の変化のなかで「町民の安全をまもるおもい」は、消防人として確実に伝承され、心身の鍛錬や技能錬成など、厳しい訓練の礎とされている。
 当日、その功績をたたえ、日本消防協会表彰・消防長官表彰を伝達し、本町からも永年の勤続をたたえ敬意を表した。
 会場では、子どもたちが団員の小隊訓練・ポンプ操法の動きに目を見張り、放水訓練に歓声を上げた。分列行進では、4つの幼年消防クラブから104人の子どもたちが胸を張って参加し、次世代の消防団員誕生を予見させた。
 近年、全国的に自然災害が多発し、消防団員の活動に期待が高まっている。
 本町でも、一昨年の台風10号では、被災地から逃げ遅れた200人以上の救助に、消防団員の全力を挙げた活動があったことは記憶に新しい。
 水害時の、国の避難基準もあの台風から大きく変化した。「災害対策本部を設置」する本町も、消防団員皆さんとこの変化を理解し対応力を共有するため、「図上訓練」を実施すべくマニュアルづくりを進めている。
 「災害は忘れたころにやってくる」それがゆえに、忘れることなき訓練を繰り返し、「町民の安全をまもるおもい」を、この町全体で共有したい。

誰もがあたりまえに働いて生きていけるまちの明日
(平成30年5月号)
芽室町長 宮西 義憲

4月末、“誰もがあたりまえに働いて生きていけるまち”をめざす本町の、今年度事業を協議するため、四国新居浜市の(株)クック・チャム本社を訪問した。
 振り返ると「九神ファームめむろ」では、5年前の開設時の利用者9人中、7人は民間企業を含めた一般就労に移行するなど、大きくキャリアアップした人も多く、“誰もがあたりまえに働いて生きていけるまち”は、地道に見えるが確実に歩みを継続していることがとてもうれしい。
 「九神ファームめむろ」は、就労支援A型事業所で、障害を持つ若者が社会進出する動機づけとなる事業所だ。自社農場で生産した馬鈴しょ・豆類などを加工し、オーナー企業でもある(株)クック・チャムが全量買上げ、煮つけ・ポテトサラダ・煮豆などに加工し、四国・九州の消費者に惣菜として広く流通している。
 もちろん十勝めむろの素材であり、消費者の評価はきわめて高いものがある。
 協議では新年度事業をはじめ、将来の事業方針にも合意を確立することができた。
 その後、新居浜市役所の「ばあばのお昼ごはん」で食事の後、新居浜市長さんとも会談し、(株)クック・チャムが縁結びとなった両市町のヒトやモノの交流の可能性について意見交換した。折角のご縁であり何とか実現し、地域間交流や振興に繋げたいものである。
 何より、「九神ファームめむろ」で働く若者の明るい笑顔を思うとき、“誰もがあたりまえに働いて生きていけるまち”の、将来の事業方針に合意を形成し、その目標を共有して安定的に歩むことの重要性を再認識しながら帰町した。

春の香り(平成30年4月号) 芽室町長 宮西 義憲

今年は、例年になく降雪が多い冬だった。
人々のインフラを確保する歩道の除雪作業では、車道との間に積み上げた雪が、かつて経験したこともない、歩行者の視界を遮る恐怖の壁となった。でも近頃の暖気がその壁を崩し、広々と視界を広げてくれた。春の訪れだ!
 休日に雪割をしていると、庭の片隅にひっそりと「福寿草」が芽生えていた。光に敏感に反応して開花する早春を告げる花だ!
顔を上げると「梅の木」が目に入る。数日前に比べ、梢の紅が濃くなっていた。開花は、「山桜」と同じころだからまだ早いが、梢の彩の変化に春の足音が聞こえる!
 融雪剤が散布された郊外の広大な麦畑の片隅に、緑鮮やかな「小麦」が顔を出す。
輝く陽光を全身に受け、雪を押しのけた仲間同士が手をつなぎ、日々緑を拡大する様に農作物の躍動する生命力を感じるが、これもまた春の風物詩だ!
 また、融雪の下から顔を出した黒々した豊かな畑地は、日の光を浴びて雪解け水を水蒸気に変え、空気中にゆらゆらと発散する。まるで大地が呼吸をしているように。これも本町の春の自然美だ!
 間もなく小学校の新入生が、ちょっぴり大きく見えるランドセルを背負い、元気よく登下校する時期を迎える。赤信号で停車し、その子どもたちを優しく見守ってくれるドライバーの微笑みに、子どもたちの健やかな育みへの期待感が見える。待ちわびた春の風景だ!