◎ 日程第2 一般質問
○議長(平野勝一) 日程第2 一般質問を行います。
初めに、阿部昌利議員の質問を許します。
阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) 議長のお許しをいただきましたので、通告に従いまして一般質問をさせていただきます。
あすの芽室をどのような町にするのかということで、3点ほど町長の見解を伺いたいと思います。
1つ目として、人間も自然の景色の一部です。このような人間の原点をテーマとしたコマーシャルを聞いたことがあると思いますが、町長はどう考えるのか、お伺いしたいと思います。
2つ目に、町長は現状の行政、町民それぞれの役割をどう認識し、是正又は進展を図る考えか、伺いたいと思います。
3点目として、町長は町行政執行に当たって、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれのことわざをご存じと思いますが、そのおつもりで向かうのか、お伺いをしたいと思います。
以上、1回目の質問とさせていただきます。
○議長(平野勝一) 阿部昌利議員の質問に答弁を求めます。
宮西町長。
○町長(宮西義憲) 阿部議員の、あすの芽室をどのような町にするのか、このご質問にお答えをいたします。
まず、1点目についてであります。
私は残念ながら、ご質問にあるコマーシャルは聞いたことはございませんが、人間の原点をテーマに自治やまちづくりを考えますと、開拓の時代から人間は何もない森に入り、必要に迫られて住む家をつくり、道をつくり、農地を耕し、あるいは狩猟をして食料を確保しながら生きてまいりました。このように、みずからが生きていくために、あるいは暮らしやすくするためにどうあるべきかを自発的に考え、行動する。地域においても、どのような課題があって、その課題の解決のために地域住民が一体となって考え、連帯や協力により解決していくことが、いわゆる自治の原点である、このように考えております。
私は、人間も自然の景色の一部という言葉には、人間には自らが、あるいは地域が暮らしやすいように団結をし努力をしていく力があり、自然界の動物や植物と同じように悪い部分を直し、課題を解決していく地域の蘇生能力や自然治癒力があるというような意味も含まれているのではないかと、このように受けとめているところであります。
次に、2点目の行政と町民の役割の認識と今後の考え方についてであります。
本町では、公共サービスパートナー制度など住民の皆さんの力を公共サービスに生かしていただく取り組みを進めております。ただ、この取り組みには、先ほど自治の原点でお話を申し上げましたように、町民の皆さんが十分理解をし自発的に取り組んでいただくことが必要であり、そのためには行政側が情報を的確に、そして詳細に提供し、意見交換を経た上で進めていく必要があると思います。
私は、これからの厳しい、そして町民の皆さんにも行政側もこれまで以上に真剣にまちづくりを考えなければならない時代、そういう時代におきましては町民の皆さんに担っていただくこと、地域社会の皆さんに担っていただくこと、企業や団体に担っていただくことなどを明確にしながら、協力してこれからの芽室町をつくっていく必要があると、このように認識をしております。
その中で行政の役割ですが、1つには、先ほど申し上げた町民との情報共有と十分な説明、意見交換であります。そしてもう一つは、我が町は大都市あるいは大都市周辺の都市と比較しますと規模の小さい町でありますので、住民活動はどうあったらいいのか、あるいはどのように推進すべきなのかについてのノウハウの蓄積はまだ少ないのではないかなと、このようにも考えております。したがいまして、ある程度行政が住民活動推進のきっかけづくりとして、例えば活動の団体結成のアプローチをするなど、町民の方々を誘導する役割は担っていかなければならないと、このように考えております。ただ、行政の押しつけとならないためにも、町民の皆さんのご理解のもとで活動が浸透し、軌道に乗った段階では自主的な活動にしていく、そういう流れが絶対に必要だと、このように考えております。
町民の皆さんには、ご自分ができる範囲でどんなことができるのかを意識していただき、行動に移していただくことをお願いしたいとも考えております。行政執行方針でも述べました行政サポート隊につきましても、この考え方に基づいて、特にこれから社会の第一線を退く団塊の世代の方々を中心にして、みずからの意欲と能力をまちづくりに生かしていただきたいという発想であります。
次に、3点目の町政執行に当たっての姿勢についてであります。
身を捨てて浮かぶ瀬もあれ、こういう言葉を改めて私も調べてみました。一身を犠牲にするだけの覚悟があって、初めて窮地を脱し活路も見出せるという解説でありました。
私は、今後4年間、厳しい行財政環境の中で、町行政執行方針で述べました基本的な考え方のもとに、町民の皆さん、議会の皆さん、そして職員と議論を重ねた上で、まさに身を捨ててこそという覚悟と決意を持って私なりの全身全霊をかけましてこの町のかじ取り役を担ってまいりたいと、このように考えておりますことを申し上げ、お答えといたします。
○議長(平野勝一) 以下、質問を認めます。
阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) 今、1回目の答弁をいただきました。
このような何を言っているかわからんような質問に対して、よくぞお答えをいただきました。町長本人が何を言わんとするかを聞いてきたわけでないので、私も職員の方に言ったんですが、さすが町長になるだけの人物であるということだったというふうに理解もさせていただきます。
一応、今日は一問一答で質問させていただきたい。町長もそのつもりでお願いしたいと思います。
昨日の同僚議員の質問を聞いておりますと、常に町長、横文字が多いんですね。私もいつも議会で言いながら、自分でも結構使っているじゃないかと、職員の人に怒られるんですが、余り難しい言葉を言うなら全部英語でやってもらって、私は通訳を頼んでこなければならんなと思っているんですが、それはともかくとしても、できるだけわかりやすい、そして、私もだんだん外へ出ると太陽さんがまぶしがるようなおつむにもなってしまいましたので、余り難しい、回りくどくといいますか、そういう話をされてもわかりませんので、見解が違うなら見解が違うというような言葉でお願いをしたいと思います。細かい数字あるいは条例等については、専門職の職員の皆さん方、そしてまた若い議員の皆さん方にやっていただくことにいたしまして、私はある意味では精神論ということになるかもしれませんけれども、その辺でお伺いをし、お答えをいただければと思います。平素の住民としての生活、それからまた議員活動の中から孤軍奮闘しているわけですけれども、その中からいろいろと質問させていただくわけですけれども、孤軍奮闘、町長は部局挙げての答弁ということでございますので、その辺の差のあるところはお許しをいただきたいというふうに思います。
まず初めに、1点目の関係でございますけれども、今くしくも自然の蘇生能力という言葉を喚起していただきましてお答えをいただきました。ここに病院の事務部長もいらっしゃいますけれども、これも私11年前、議会議員になる前、ならせていただく前に町立病院の運営も12年ほどやらせていただいておりましたけれども、そのときに、当時の高林病院長が、公立病院で、例えば風邪を引いて病院にかかると何でこんなに治らんのというお話をさせていただきましたが、当時の高林院長が、公立病院の使命というのは自然の蘇生能力まで、いや蘇生能力を超えた分治療するのが公立病院の使命である、このように言われました。ああ、なるほどなと。そんな中から、私はいつも、平素の議上ででも、その高林先生がおっしゃった、このことが今日の行政にも一番大事なことだなというふうに思いまして、今回の1番にさせていただきました。
改めて、くどいようですけれども、町長の考え方、その辺をもう一度確認をさせていただきますので、さっきは上気しておりましたので余りよくわかりませんでした。もう一度お話をいただければと思います。
○議長(平野勝一) 宮西町長。
○町長(宮西義憲) ただいまご質問がありましたとおり、病院の前の院長先生が蘇生能力というお言葉を使ったということであります。私どもも、まさしく人間社会というのは本当に何もないところからつくられてきたと、そういう背景にはやはり自然の治癒力、あるいは地域社会が持っている蘇生能力、これがあってその上にルールが、基本ルールが組み立てられてきた、こういう認識に立っていると、このようにご理解をいただきたいと思います。
○議長(平野勝一) 阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) 再確認をさせていただきましたが、私も本当に人類の進化、そして地球ができてから45億年、ここに今人類が社会形成をして過ごしている、そして自治も踏まえ、自治も組みながら生活していることは、それが原点である、そこを見据えないと町行政もいけないというふうに思っておりますので、この点については町長と考え方は同じだと、現時点は、というふうに理解をさせていただきます。
科学や文化、政治が進化して、そしてまた地方自治も随分進化をして今日になっているということ。私は1940年生まれ、町長より4つ上ですけれども、私はくしくも戦前生まれ、そして町長は戦中生まれなわけですよね。当時、宮西町長の家は恵まれたというふうな情報も聞いておりますけれども、一般的には大変な時代だった。食うのにも事欠いた。だけど、生活する住民は自然の中の一部として、そして家庭から、経済から地域を立て直して今日ある。これは同世代、同年代、近い年代として町長もよくご理解をいただいているところだと思います。
不自由な何もないときからの立ち上がり、そして現在、便利で何も不自由しないといいますか、物質的には何も不自由をしていないときに、その上に私の言いたいのは、今まで景気がよかったといいますか、税収があって、昭和27年に地方交付税法が発令といいますか、決まったというか、どういう表現がいいんでしょうか。国内格差をなくするために地方に対して交付税で、本当にこの田舎町の農家の畑の取りつけ道路まで舗装されている、恵まれた時代になった。この陰には、20年ほど前だと先日のテレビでも言っておりましたけれども、経済が、税金を払える経済がなければ住民の豊かな暮らしが確保できない時代、ロシアでしたかヨーロッパのどの国でしたかわかりませんけれども、先日テレビで言っておりましたけれども、人間の生活が豊かになればなるほど自然に負荷がかかる。人間が自然の中に溶け込んで生きていくということであれば、地球は長もちするだろうと、このことを20年前に言っておったということを先日テレビで見ました。どちらを選ぶのか。現在は地方交付税が下がるから、住民の負担をせないかんとか、だれかが面倒を見てくれるんだろうというようなことで過ごしてはいけないということを、人間も自然の景色の一人だとすれば、そういう時代でない。せめて我慢をするところは我慢をしながら、やっていくときでないかと。
私が11年前、町会議員に当選させていただいたときに、同級生がお祝いをしてくれました。そのときに、もう定年間近な人たちですから、あるいはだんなが定年間近な人、町議になったら私たちの生活を守ってくださいよと。全員じゃないですけどね。将来は国や市町村に面倒を見てもらう。若い者は若い者で生かせておくけれども、私たちは将来は最後は特老ですけれども、行政に面倒を見てもらうという話をされました。私は行政の何たるかも知らないときに、それは違うと。そんなつもりでみんなが生活していったら、あなた方ももたないし、財政なんてもたないよと。私はこう申し上げたことを今思い出しているところでございます。
町長は同じ年代に生まれて、これからのとりあえず4年間という、それは任期4年ですから、表現をされておりますけれども、先々を見据えた行政執行をするに当たって、今の私の話をどう考えるか、お伺いしたいと思います。
○議長(平野勝一) 宮西町長。
○町長(宮西義憲) 基本的には、やはり私ども戦後の日本の国を立て直してきた中で、あるいは経済復興を図ってきた中で、いろいろな経過があったと思います。その経過の中で、地方自治体を力強い組織にしていこうということから交付税措置ができてきたと。その交付税措置の是非論についてはちょっと横におきまして、そういう過去の経過、そして経済復興が成し遂げてきた我が国の発展。その中で、やっぱり物的な充足感、確かにこれはあった。でも、その一面では、俗に言う精神的な充足感に欠けるような出来事あるいはひずみとして、それがどんどん出てきてしまった。こういう背景が今日の社会をまたどう変革させるかということになってきているんだと思いますけれども、ただ残念ながら、我が国のそういう経済発展の基盤を支えてきた、そのいろいろな背景が制度疲労を起こしたり、あるいは硬直化を起こして、今崩壊をしてきていると。戦後半世紀もたつ今日ですから、そういう崩壊からいかに立て直していくのかと、そういう観点に立ったときに分権という発想が出てきたり、行財政の改革という発想が出てきたと。こういう背景が私たちの今日の行財政運営を非常に難しくしていること。もう一つは、そこで公共サービスを当然と、行政サービスを当たり前として受けとめてきた、その価値観をしっかりと変革しなければならない時代に来ていると、これは一つ大きくあると思います。
そのことにどう対応していくかということが、今行財政改革の中では非常に大きな課題でもありますし、大きな役割にもなっていると、私はそういうふうに、今阿部議員のいろいろなお話を聞いておりまして、そんなことを感じながら聞いていたということで、自分の聞いていた感覚的なとらえですが、申し上げておきたいと思います。
○議長(平野勝一) 阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) 年代も近いし、若い人から見れば考え方が古いのかもしれませんけれども、人間も自然の景色の一部という、その原点から言うと本当に意見が一致するかなというふうに思っております。
きのう、ちょっと2階で見させていただいたんですが、調べていただいたんですが、昭和52年に52億1,600万の予算が、一般会計が、そんな程度だ。そんな程度って、当時的には大きなお金、貨幣価値も違いますけれどもね。61年には89億4,500万、それから平成8年度が125億8,000万、このころが一番ピークだったと思うんです。それで、今年度が当初予算で96億2,600万、61年よりは多いんですけれども、上り坂と下り坂というのは、これは価値を知る上では、いろいろと比較にするにはちょっと難しいかもしれませんけれども、例えば52年ごろというとまだまだ、いろいろな行政が住民に対する考え方というのはまだまだ、今で言えば原点だったかもしれませんけれども、今日的からいうと幼稚な行政。61年になると、何か今と近い予算額というか、貨幣価値って燃料の問題から言うといろいろあるでしょうけれども。そういうことから考えると、当時住民が何を不自由していたんだろう。ある意味では、金銭的な不自由、それから民生に対する不自由というのは感じたのかもしれませんけれども、先ほどから答弁いただいておりますように、また自分たちが一生懸命やっていたんだと、行政に参加していたんだというか、地域づくりも家庭づくりも一生懸命やっていたんだという意識があって、不足感というのは、私は逆になかったんじゃないかなと。私自身もそう思っていたんですけれども。
私は、議員にならせていただいた地元の老人会であいさつ、これから老人会も聖域でありませんと言ったら、えらい前職にしかられました。おまえ、この郷土をつくったおれたちに、何で行政が面倒見るような発言をしないんだと。いや、それは違う。金銭的に言ったらそんな余裕ないですよと言いました。おれたちがつくったんだから、おれたちをちゃんと養護するのは当たり前だと。でも、先輩、そうじゃないですよ。私ももう55も過ぎていましたから、先輩の皆さん方が、おれたちがつくった地域だということは、その後ろに息子や孫たちがいたんだということをお忘れですかと。
あるお通夜の住職の法話を聞きました。自分は朽ち果てても未来は続くんだと。それは、子であり、孫であり、家庭であり、地域だ。そのために、生きているときには一生懸命努力して、おれの代はこれで終わりだから、余命幾ばくもないから好きなことやってということにはならないんだろうということで、当時私言いました。相当ひんしゅくかいましたけれども、今日になっていくと、おまえの言っていることは合っていたなという表現をいただきました。
私、自分で自分の言っていることに酔っているような雰囲気で受けとめられるかもしれませんけれども、それはいい時代にはお金をかけて今日ここまで来たということは、私は否定しません。だけど、そこにもうちょっと絞っておくところがなかったのか。それは、その時代、その時代、先輩議員、先輩執行者の皆さん方もいらっしゃいますけれども、でも、まだ遅くない。さっきの蘇生能力、このことはまだまだ芽室町の住民にはいっぱい残っております。先ほど町長がおっしゃったように、いろいろな協力体制もできて、まだ残っております。
私の言いたいのは、ずっと最近見ておりますけれども、金がない、地方交付税は来ない、補助金は減ると言いながら、あれも手をつけ、これも手をつけ、私は住民サービスという、奉仕ということを、どこの辞典を引いてもやっぱりサービスになるわけですけれども、サービスという言葉は一般的には子どものころから、サービスという言葉を聞いているのは、おまけがサービスかと思っていたらそうじゃないんですね。するならば、それは今回町長が支援をするという、横文字使っていますけれども、いろいろな活動に対する支援、支援は大事ですけれども、与え過ぎるな。確立までの支援、企画というのは大事だと思います。が、それをやり過ぎると今日みたいになるんじゃないかと思うわけです。
9月12日の勝毎さんでしたかね、帯広の適正中心街活性化法の関係で出ておる。行政は、計画づくりはうまいが、肝心な実行組織があいまいになりがちという、商工会議所がこういうこと言っている。それは法律でやるわけですから、見方を変えれば、これは言っているのは合っているかもしれません。それから、きのうも飛田議員の話出ましたけれども、商工業の動線の話ね。町が与えるんじゃなくて、そっちから要求されたら、こういうぐあいにしたいんだけどという発想があってこそ、初めて町が支援するという方向。農業者だって同じですよ。カモが変なところにね、力注いでいるぐらいだったら、もっと真剣に農業のことやらなければいかん。確かに、住民が何ぼ国に言っても、金はびた1円来ません。税金は払わなければいけないんですけれども、これは地方自治体に対してお金が来るわけです。それは雇用とかいろいろなことで来るわけです。
以前、平野議長が私に言ってくれました。政治も産業の一つだな。それは確かにそうでした。私もその片棒を担いで長年やっておりました。でも、今はそんな時代ではない。いかに倹約をし、自分で自分が生きていく、まず個の確立、家庭の確立、地域の確立、町の確立、国の確立ということでなければ、これは幾ら金があっても足りない。私も自分のこと言うのは恥ずかしいんですけれども、経済疲弊して大変な時期もありました。でも、何とか子どもたちが働いて借金返してくれ、精神的に楽です。余ったらそちらにかけるんじゃなくて、余ったら借金返そうではありませんか。そうでないと、いつまでたっても、自らが、住民が協力したことにならない。こんなふうに一端しか見ていない私が言うんですから、町長はどうお考えになるかしれませんけれども、この辺の関係についてお答えいただければと思います。
○議長(平野勝一) 宮西町長。
○町長(宮西義憲) 今の阿部議員のいろいろなご高説をお伺いした中で、ちょっと部分的に答弁が脱漏する部分もあるかもしれませんが、今総体的なお話をお伺いしている中で感じたことを、また申し上げてみたいと思います。
私もまさしくサポート隊という言葉を使っております。まさしく支援であります。これはきのうも申し上げましたとおり、本来であれば自分たちがこうしたいという発想があって、その人たちを支援すると。これも議員おっしゃるとおり、ご指摘のとおり大前提だと思っていますが、私今感じておりますのは、このサポート隊、これから社会の第一線を退く、何回も言いますが団塊の世代を多く抱えることから、その人たちを対象にまず呼びかけていこうということですが、社会参加をし何か活動しようというときに、それまでの自分が生きてきた過程がそれに飛び込める環境を持っているか持っていないかということは、人々によって大きな違いがあると思います。
したがいまして、行政としては、その仕かけ、仕組みづくりはやってあげようと。そして、そこに飛び込む人をどんどんふやしてあげようと、そういう発想でサポート隊という言葉を使ってございまして、そして基本的には、その人たちにはその人たちの自己保障ができるようなことだけはしっかり考えていこうと。あるいは実費弁償できるようなことぐらいは考えてあげようと、こういう発想で今主管課とも調整をしているわけであります。本質的には、その活動がもしスタートするようになったら、当然スタートするまでには、スタートしたらこれは自主活動、自主運営をしていただきたいということを念頭に置いてやっていただくという大前提を持ちますので、きのうの答弁でもちょっと触れましたけれども、場合によっては例えばNPO法人として立ち上げてもらうだとか、そういうこともその発想の一つには加えていこうと、こういうことで今お話をしているところでありまして、そういう意味では阿部議員ご指摘のこれからの地域活動、住民活動の思惑ともそう違いはないんではないかなと思っております。
もう一つは、これからの倹約の問題であります。私たちも行財政の削減ということがありますけれども、やはり私たちが一番、家庭生活でもそうだと思いますけれども、私たちも行財政を削減するときに、財政削減ばかりではなくて行政とは何なのかと、やっぱり行政の原点というものはしっかりと眺めていく必要があると思っています。今、主管課とのヒアリングの中でも、例えばきのうも事例に挙げましたけれども、保育所の民営化のことであれば、保育所の民営化で財源措置がどうなるかという論議ばかりではなくて、そこで子どもたちに対する行政としての保育事業の提供がどうなるのかと、やっぱりこの視点は外してはいけない。ですから、ある意味では阿部議員のお言葉をかりれば、倹約の陰にその実態をどうとらえるか、そこで行わなければならない課題をどう扱うか、やっぱりこの観点も並行させていかなければならない。その後にこそ、お言葉をかりますと、その家庭、地域、そして町の確立があると、それにつながっていくと、そういうふうに私は認識をいたしております。
○議長(平野勝一) 阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) 私は、かけるところもかけないでということを言っているんではないということもご理解いただきたい。ここぞと思うときには、やっぱり投資といいますか、行政では投資、結局は投資ですよね、これはもう必要だと思いますけれども、結局行政がなければ生活できないという。
この春でしたかね、今8時15分からやっている「純情きらり」という、けさも見てまいりましたけれども、あそこで八名信夫という俳優がおじいちゃん役で出ているんですが、母方のおじいちゃんだと思うんですが、息子が役場の職員で、みそづくりをお父さんが、いや、そのおじいちゃんがみそづくりの関係ですが、言った言葉は今でも覚えているんですが、役場がなくても飯は食えると、みそがなければ飯食えないという発言をしていました。それは飯だけにすれば、それは役場なくても食えるのかもしらんけれども、私はみんなと一緒に論議している中で、これは当たっている言葉というのがいっぱいあるなと思うんですよね。
最終的には福利厚生費といいますか、そういうところは一番人間の頼るところ、弱いところだと思いますね。このことを行政も議員もずっと言い続けて、そのことは保障しますということでずっと来ていましたけれども、先ほど同級生がやってくれた激励会のときにもそんな話が出て、この辺も介護保険ができた経緯等もありますけれども、やっぱり自分の将来は子どもに面倒を見てもらうんだという、そして生きているうちには老後のことまできちっと考えて蓄えもする、働くという大前提がなければ、私はいけないというふうに。それは、時としてけがをしたり、病で倒れたり、職を失ったり、いろいろなことがあるから、元気で働いて収入があるときに応分の税金を払っていて、最悪の場合にはその後ろ盾がある。これは国民健康保険でも同じですよ。みんなそうやって、何かあったときに保障をしてもらおうということで、頑張るというこの姿勢。だから、先ほどから言っているように、かけるところはかけなければいかんけれども、そういう意味で意識改革をするという。自主・自立プランもありますけれども、そのことが一番先に出てくるべき。こう言うと嫌う人も相当いると思いますけれども、私はそれが原点だと思いますけれども、いかがでしょうか。
○議長(平野勝一) 宮西町長。
○町長(宮西義憲) 阿部議員ご指摘の部分は一部はあると思いますし、私も基本的には人々の生活というのは、やっぱり当然扶養義務という言葉があるわけですが、当然親子関係あるいは親戚、身内の本当に人間が原点として、それこそ人としての原点、持っている親子関係ですとか、あるいは祖父母との関係ですとか、そういうことからいきますと、私たちはやっぱりしっかりと親戚、身内でお互いが支え合っていくのが、本当に最初の段階での、組織活動という言葉が適正かどうかは別にしまして、団体活動、団体として生きるという意味での本当に原点になる部分だというふうに思います。
そこで、当然のことですが、それぞれの方がそれぞれの仕事で全力を挙げていくというのは、やはり自分の俗に言う老後の蓄え、あるいは自分が社会の第一線を退いたときのことを十分認識しながら、それぞれが人生設計をやっていくと、こういうことがベースにはあると思います。
ただ、私はそこでもう一つ、この辺はちょっと阿部議員のご指摘とは違うかもしれませんが、ちょっと懸念しておりますのは、その背景には、将来の人生設計をやっていく背景には、自分が一生懸命働いていたときの社会基盤というのは必ずあるわけでありまして、そのときに社会保障制度がどうなっていたか、厚生年金制度あるいは共済年金制度、国民年金制度がどうなっていたかと、それも自分の人生設計の将来図には入っていたと。そういう人たちが、今制度が変わったことによって非常に困窮している、困惑しているという人たちも多くなっている。この人たちに行政としてどう手を差し伸べなければならないのかと、このことはまたある意味では新たな課題として出てきていると。こういう観点も持ちながら行政はやっていかなければならないと思いますが、大前提としては、先ほど申し上げた家庭環境、親子環境、どれをとりましてもおっしゃるとおりだと、このように認識をしております。
○議長(平野勝一) 阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) 自分でも、どこまでいっちゃったんだか、わけわからなくなっちゃったんですが、今、社会保障との関係が出てまいりました。それは確かにそうだと思います。それは予定が外れちゃった。でも、基本的には、年金とか社会保障がない時代には、全体に言ったら自然の中で、私も農業者ですけれども、大変なときはみそさえ食べながら、今みたいに農協は組勘ないし金なんか出てこない、それこそ日雇いしながら、急の工事あれしながら、本当にみそさえでもなめて頑張って、塩辛おかずにして飯食っていた覚えもあります。
今よく、年金生活者だから、年金生活者だからとおっしゃいますけれども、それは確かに減額もされたりいろいろなことが、改正がありまして大変な時代ですけれども、では、年金はこれ創設されていなかったらどうだったのよということも、なかった時代を経験した私たちにしてみれば、今もらっているということは、月々待っていれば入ってくるわけですから、ありがたい、ありがたい話ですよ、これは。だから、それをも踏まえた中で、それは蓄えまでいかない、年金の掛金だけでも多いわけですから、それは蓄えまでいかない大変な生活の方々がいっぱいいらっしゃいますけれども、額は少なくても来る。ところが、私たち議員仲間で公営住宅へ先日行きましたら、本当に年金月3万5,000円ぐらいだと言いましたか、町営住宅に入って、月々の家賃が2,500円でしたか、これでもありがたいですよと言っていました。そういう厳しい人たちもいらっしゃいますから、そういうときのために、若いときからそのことを念頭に置きながら、行政のお世話になるんじゃなくて自立する住民を育てる考え方で進んでいかなければならないと思っております。
大分時間もたってしまいましたけれども、1番、2番について何か一緒に話をさせていただいたような感じがしますけれども、改めるところは改め、進展を図るところは図るという、大枠でのやっぱり町長のお話をいただきました。
町長も民主主義のルールに従って町長という形で今進んでいるわけですけれども、私は町長のいいところはいいと、だめなところはだめだと、余命幾ばくもありませんけれども、そういうつもりで接してまいりたいと思います。これは宮西町長のためではありません。芽室町のため、芽室町の住民のためにそういう発言をさせていただきます。
そこで、きのうからの答弁を聞きまして、また私も自分で言っていることに酔いながらしゃべっているものですから、時間がだんだんたってきますけれども、この8月号の「すまいる」の中の、それは町長が出している考え方、政策ですから、これが私たちと議論をしながら、住民とのやりとりをしながらやっていくわけですけれども、失礼ですけれども、この遊び心だけは、これは許せない。職員の精神的ゆとり、これも大事です。だけど、遊び心とゆとりとは違う。これは町長ひとりで考えたのかどうかわかりませんけれども、私は冒頭にこの話をしたかった。でも、このことが先に出てくると、遊び心でやっている町長となんか議論できないと思ったから、私は最後に持ってきたんです。これは町長、何とかならんかい。
○議長(平野勝一) 宮西町長。
○町長(宮西義憲) 私のこの遊び心という表現、遊びという言葉の中にはゆとりという理解も当然、解釈もあるわけでありますが、もともとは、このインタビューを受けた中でお話ししていることがまとまっているわけですから、前段でも、実は書いていないからちょっとあれなんですが、漫遊の心という言葉がございまして、私の座右の銘は何かというお話からいろいろ始まりまして、漫遊の心という、要するに遊び心を持ちながら仕事の意欲を高めていこうと、こういう言葉があるんですが、そのことから始まってございまして、それがずっとそういう気持ちでやっていくことによって、仕事というのはやる気が起きてくる、効果が上がるという今までの、きのうもちょっと申し上げましたが、そのサイクルというのがありますので、業務サイクルというのがありますので、私はそれを念頭に置き、そしてしかも漫遊の心という言葉から始まった座談会でのやりとり、それがそういうふうにまとまっているということでございます。
ですから、私は不謹慎な気持ちで申し上げた、要するに戯れという意味で申し上げたわけではなくて、要するにいかに職員としては、疲弊してはいけない、一人ひとりが自信を持ってやっていくためには、やっぱり自分たちが楽しい、活力をしっかりと発揮しなければだめだと、一人ひとりが当事者意識を持たなければだめだと、そういういろいろな意味を込めたつもりでおりますので、その辺はひとつご理解をいただきたいと思います。
○議長(平野勝一) 阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) それは座談会の中でやったのがとられたということでご理解をいただけと、そんな甘いもんでないぞ、町長。それは、遊び心というか、それは普通は人間だれでもそういう気持ちって、これは大事ですよ、リラックスするために。そんなもの否定していません。だけど、これだけ厳しい時代に、このことを世の中に訂正しないで、まかり通ってごらん。日本国じゅぅの首長に笑われるよ、これ。そうして、まして私はね、もともと遊び人だって書いてあるんですよ。それだから余計おかしくなってしまうんだ。これでは、職員の士気も上がらないって、ゆとりばっかりで。給料もらう方と払う方ではギャップあって当たり前なんだから、それをどう調整していくというのはトップの腕でしょう。こんなもの、首長が遊び心でやっているようなことで町政なんかできない。どこかでこれを修正するという考えがあるのかないのか。
○議長(平野勝一) 宮西町長。
○町長(宮西義憲) お答えいたします。
私は遊び人だとは言ってございませんし、広報紙にもそうは書いていない。ただ、遊び心を持って生きてきましたということは言っております。これは、私のまさしく実践的な体験から出た言葉でありまして、私自身もこのインタビューの中でもちょっと申し上げているわけですが、ほかの場所でも私は何回かいろいろ話をさせてもらったとき言ったことがあるんですが、業務の興起すなわち漫遊の心という言葉、それを背景にして、仕事をやろうという気持ちはつまり遊び心、つまり心に余裕を持ってやっていることによって起きるんですよと、こういう大前提がございまして、私はそれに基づいて、自分の今までの職員としての、役場職員としての生活もやってきたつもりでおりますし、役場職員としての仕事もやってきたつもりでおりますし、また自分のプライベートタイムも対応してきたと、個人的な私生活の面でも対応してきていると。そんなようなことから、私自身がそういう心を持って生きてきましたということを申し上げているところであります。
また、職員の士気の問題でありますけれども、私は今回、今週の月曜日の朝礼のときにも職員の前でも申し上げましたけれども、いかに皆さんに、疲弊しないで、自分たち一人ひとりが達成感を持ちながら次のやる気につなげていくかということについては、これからも全力を挙げていきたいと思っていますし、職員の皆さんとともにこのことをやっぱり徹底してやっていかなければならないのが私の大きな役割だというふうに考えております。
また、今全国の首長に笑われるよというご指摘がございましたけれども、私自身、今日までいろいろお話をさせていただいている中では、ちょっとまだそういうご指摘ではなくて、むしろちょっと逆のご指摘や何かもございます。
そういう意味では、今ご指摘をいただいたことも、あるいはきのうもご指摘をいただいておりますので、この問題につきましては、私は本当にどういう状況で受けとめられているのかということをもう少し真摯に判断をさせていただきたいと、このように考えております。
○議長(平野勝一) 阿部昌利議員。
○14番(阿部昌利) 何か半分わかったような、わからんような。だから、冒頭に申し上げたように、のらりくらりと答弁をするなと、しないでくれと言ったのがそこにあるわけでございまして、町民との対話を重視しふれあいトークを開くと言っていながら、そんなわけのわからん説明をしながら、答弁をしながら町民と対話したって、私にさえ、議会出てきて少しく町政の何たるかを勉強しようと思って努力している私でさえわからんことを、それは町民の中でも優秀な方はいっぱいいらっしゃいますから、理解する人は、そして町長支援する人はいっぱいいらっしゃるんでしょうけれども、一般的にはこういうことにはならないと。ここは、頑固親父、年寄りの言うことを、町長少し聞けって。できないならできないでいい、そうすると私もやめられなくなってくるけれども。こんな考え方というか、考え方は違うけれども、こうご理解をいただきたいという程度で住民説明をしたって、住民はわからん。
何回言ったって同じことだと思うから、私はこれでやめますけれども、その辺を肝に銘じておいていただきたいと思います。
次の人に譲ります。終わります。
○議長(平野勝一) 以上で阿部昌利議員の質問を終わります。
11時まで休憩をいたします。
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午前10時45分 休 憩
午前11時00分 再 開
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